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大阪高等裁判所 昭和36年(く)42号 決定

少年 S(昭一八・一〇・二〇生)

主文

原決定を取り消す。

本件大津家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告申立の理由は少年の附添人瞿曇の提出に係る抗告申立書記載のとおりである。

よつて検討するに、少年審判規則第三六条は決定書に罪となるべき事実の記載を要求している。同規則にいう罪となるべき事実とは少年審判の特殊性に鑑みると、刑事判決書における罪となるべき事実の摘示ほどの厳格性を要求するものではないといわなければならないであろう。しかしながら、同規則の設けられている理由は、保護処分の対象となつた事件について一事不再理の効力が認められ、しかもその効力は決定書に記載された事実にのみ及ぶものであるから(少年法第四六条)、いかなる事実について保護処分を受けたものであるかを決定書において明確にせんがためである。そうしてみると、決定書に記載する罪となるべき事実は少なくとも、これを特定し得るように記載しなければならないものといわなければならない。ところで原決定書をみると、非行事実として少年は昭和三十六年七月二日頃、敦賀市内で遊興しているうち所持金に不足をきたし、帰りの電車賃等に窮し、少年Kと共謀して少年等を相手に恐喝を働こうと企て、同日午前零時頃から午後三時一〇分頃までの間五回にわたり、同市○町○丁目映画館○○劇場外四カ所においてM(当一六年)外四名に対し、金を出せと脅かし同人等をしてもしその要求に応じないときは、自己の身体にどのような危害を加えられかねない旨畏怖させ現金合計二、〇八〇円を喝取したものであると記載している。本件記録を検討すると、M外四名に対する恐喝は明らかに併合罪の関係にある事実である。従つて原決定のような記載のしかたでは罪となるべき事実を特定して示したものとはいえない。原決定はこの点において法令の違反があり決定に影響を及ぼすこと明らかであるから、附添人のその余の抗告趣意に対する判断を省略して、原決定を取消すこととする。

よつて少年法第三三条第二項に則り主文のとおり決定する。

(裁判長判事 児島謙二 判事 畠山成伸 判事 松浦秀寿)

別紙一

抗告申立書

強盗・強喝 少年 S

右少年保護事件について、昭和三十六年八月二日大津家庭裁判所で少年を中等少年院に送致するとの決定をうけましたが、少年院にいれなくとも、私の手許で、母S子、弟Bと力を合せて十分監督指導し真面目な人間にしますから、何卒少年院に行かないで済むように御裁判下されたく、抗告を申立てます。(昭和三十六年八月十一日 滋賀県伊香郡○○町○○××番地 右法定代理人 親権者 母 S子)

大阪高等裁判所 御中

別紙二

抗告申立書

少年 S

右少年に対する強盗、恐喝保護事件につき昭和三十六年八月二日大津家庭裁判所のなした少年を中等少年院に送致する旨の決定はその処分が著しく不当であるから少年法第三二条により抗告を申立てる。(昭和三十六年八月十一日 附添弁護士 瞿曇)

大阪高等裁判所 御中

別紙三

抗告申立書

少年 S

右少年保護事件につき昭和三十六年八月二日大津家庭裁判所がなした決定に対し、先に処分の著しい不当を理由として抗告を申立てたが抗告理由として更に原決定には決定に影響を及ぼす法令の違反があることを主張する。

而して左に原決定に影響を及ぼす法令の違反があり又処分が著しく不当である所以を申述する。

決定に影響を及ぼすべき法令の違反について。

原決定は非行事実を特定していない。原決定はその理由中非行事実として「少年は昭和三十六年七月二日頃敦賀市内で遊興しているうち、所持金に不足をきたし帰りの電車賃に窮し、少年Kと共謀して少年等を相手に恐喝を働こうと企て、同日午前零時頃から午後三時一〇分頃までの間五回にわたり、同市○町○丁目映画館○○劇場外四カ所においてM(当一六年)他四名に対し金を出せ等と脅し同人等をしてもしその要求に応じないときは、自己の身体にどのような危害を加えられかねない旨畏怖させ現金合計二、〇八〇円を喝取したものである。」と説示された。右説示からは、僅かに少年が五回に亘り非行をはたらいたこと、非行の場所の一が敦賀市○町○丁目映画館○○劇場であること、被害者の一人の氏名がMなること、及び喝取金額の合計が二、〇八〇円であることを知り得るのみであつて、何人から何処において何程の金額を喝取したものなりやは明かではないのである。同じ日であるとはいえ、時刻、場所並びに被害者を異にするのであるから、五回の非行は夫々独立して評価さるべきであつて、接続一罪的に観念する余地のないことは明かである。少年保護事件の保護処分の決定における理由は刑事事件の判決における理由に相当するのであつて、非行事実は罪となるべき事実と同様具体的に特定して説示されねばならないことは当然である。原決定の理由における非行事実の説示によつては、原裁判所が少年に対し如何なる非行事実を認定したものとなるや知るに由ない。ひつきよう原決定には理由不備の違法があり、該違法は決定に影響を及ぼすこと明かであるから原決定は速やかに取消さるべきものである。

処分の著しい不当性について。

原裁判所は少年を中等少年院に送致する旨決定せられた。しかし少年の非行性は少年を少年院に収容しなければ矯正し得ない程強いものではない。少年が如何なる非行をはたらいたものであるか個々的に明かでないこと先に指摘した通りであるが、記録から忖度するにM、Y、H、N、Gの五名から夫々金員を喝取したというにあるものの如くである。ところで記録について検討するとMから金員を喝取した点について共謀者として責を問われるのは一応やむを得ないと考えられる。しかしその他は少年はKの後へついていたというだけで被害者を畏怖させるような言動態度は全然していないのである。(附添人は事実誤認を強いて主張するものではないが十分御留意願い度い。)而して少年がKの傍にいたことが何等畏怖の原因となつていないことはY、H、N、Gの各司法警察職員に対する供述調書に明らかなのである。Mの関係とても最初少年が金をかしてくれと申向けているのであるが、その際はMが何等畏怖の念をいだかなかつたことは同人が司法警察職員に述べているところである。要するにKが主役であつて少年はいわば刺身のつまにすぎない。Kと一緒に映画を見に敦賀まで出かけるというようなことがなかつたなら、本件の如き問題を起こすことはなかつたのである。

少年は以前にも保護処分をうけているのであるが、いづれもKにひきずられての非行なのである。このことは少年の非行性が極めて弱いものであり、Kとの交通を絶ちさえすれば容易に矯正し得るものであることを意味する。少年の実母S子及び少年の叔父Bは少年が今後Kは勿論悪友とは一切交遊させない用意と覚悟を固めているのである。加うるに保護司の協力による指導監督を以てするならば少年院に収容せずとも家庭の暖かい愛情の下に少年を正道へ導くことは確実容易である。

少年は指物大工の親方○田○夫方に見習として指物大工の技術を習得中であり、遠からず一人前の職人として自立し得る明かるい希望を抱いているのである。もし少年院に収容されるならば之までの辛抱も水の泡となり、前途は暗澹となるのである。今や少年は深くその非を悔悟して更正を誓つているのである。少年の勤勉性は○田○夫の保証するところである。

以上諸般の事情を勘接すれば少年を少年院に収容することは百害あつて一利なしというも過言でないと信ずる。少年を中等少年院に送致する旨の原決定は著しく不当な処分たることは明らかであるから速かに之を取消されたい。(昭和三十六年八月十五日 附添人弁護士 瞿曇)

大阪高等裁判所 御中

別紙四

意見書

少年Sに対する当裁判所昭和三十六年少第二、七〇七号強盗、恐喝保護事件につき、当裁判所の同年八月二日付中等少年院送致決定に対し、抗告の申立があつたので、少年審判規則第四五条第二項により次のとおり意見を述べる。

一、昭和三十六年八月十五日付抗告申立書記載第一点(法令違反の主張)について。

当裁判所は、少年にかかる罪となるべき事実として、検察官送致の各事実中証拠により、被害者Mに対する事件を恐喝と認定した以外は、全て送致のとおり、結局五回にわたる同種恐喝事実を認定したのであり、而して審判に際しては、少年に対し、送致各事実につき、それぞれ陳述を求め、いずれも間違いない旨の陳述を得、これと一件証拠を綜合して前記のとおり認定し、その後少年のその余の陳述及び保護者等の陳述を聞き、かつ全資料を綜合して、即日決定を言渡した(少年に対する審判調書参照)のであつて、少年審判規則第三六条に規定する決定の方式はこれを履践している。

刑事判決書に関して刑事訴訟法、同規則が明定しているところと異り、保護処分の決定書の記載要件に関しては少年関係法規に明文の規定なく、また刑事訴訟法、同規則の準用規定も存しないこと、その他少年に対する保護処分の特性等を考慮すると、少年事件においては、保護処分決定書の記載としては必ずしも刑事判決書における犯罪事実の摘示ほどの厳格性は要求されず、本件の如き五回にわたる同種恐喝事実の摘示としては実務上も原決定書程度の記載も許容されると考えるし、主張のように犯罪事実の特定を欠くことは思料しないが(このことは少年法第四六条との関連において考えても、本件の如き事案では同一の結論に達すると考える)、それとともに前記審判における各事実の認定経過とそれに基く決定の告知が行われ、少年審判規則第三六条の方式の履践ある以上、決定書の記載が刑事判決書の事実摘示の如き厳格性を備えないことが直ちに決定に影響をおよぼす法令違反とは考えられず、主張は理由なきものと思料する。

二、第二点処分の不当性の主張について。

本件の誘因は少年の共犯者Kに対する誘い(働きかけ)にあり、共謀の点では少年が主導的役割を演じているのであり(少年及びKの検察官に対する各供述調書)、実行行為においてKに追随していたからとて、その罪質は軽くなくしかも多数の窃盗事件による試験観察後の保護観察中において本件を敢行したという事情(犯罪の質は漸次悪化している。)その他少年の資質の欠陥等を考えると、仮りにKとの関係を絶つてもなお、要保護性は充分存するといえるし、家庭環境も従来の在宅保護が結局失敗に帰したことからいつて問題の存するところであり、結局以上諸点を綜合考慮すると現段階では収容保護のほかないとの結論に達したもので、処分不当の主張は理由がないものと思料する。(昭和三十六年八月十八日 裁判官 吉川正昭)

大阪高等裁判所 御中

別紙五(原審の決定)

強盗、恐喝保護事件(大津家裁 昭三六・八・二決定)

少年 S(昭一八・一〇・二〇生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

一、非行事実

少年は昭和三十六年七月二日頃、敦賀市内で遊興しているうち、所持金に不足をきたし、帰りの電車賃等に窮し、少年Kと共謀して少年等を相手に恐喝を働こうと企て、同日午前零時頃から午後三時一〇分頃までの間五回にわたり、同市○町○丁目映画館○○劇場外四カ所においてM(当一六年)他四名に対し、金を出せ等と脅し同人等をしてもしその要求に応じないときは、自己の身体にどのような危害を加えられかねない旨畏怖させ、現金合計二、〇八〇円を喝取したものである。

二、適条

刑法第二四九条第一項、第六〇条

(尚被害者Mに対する事件は強盗事件として送致されているが、証拠によると脅迫の程度は強盗罪にいう反抗抑圧の程度に達しないものと認められたるので、恐喝と認定した。)

三、処遇について

少年のこれまでの処遇経過(保護観察等)、資質、家庭環境友人関係、並びに本件の罪質等を綜合的に考慮すると、この際適正な矯正教育必須と考える。

よつて少年法第二四条第一項第三号、少年審判規則第三七条第一項、少年院法第二条第三号により注文のとおり決定する。

(裁判官 吉川正昭)

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